discovery Nara

20

Jan.2015

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奈良山歩き 観音峰 〜南朝ロマン編〜

こんばんは!奈都です。

生駒山の麓で育ち、小さい頃から山登り大好きなワタクシ。
奈良には、素晴らしい山がいっぱいあるのに、登らないともったいない!

ということで先日、奈良県天川村にある山、観音峰に登ってきました!


観音峰


奈良県吉野郡天川村にある、大峰山脈の小峰。標高1347m。

今回は、初めての雪山登山に挑戦してみたかったので、比較的道が整備されて登りやすいこと、また関西では珍しい360度の山岳パノラマが見られるということで、この観音峰におじゃましました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA 近鉄下市口駅から出ているバスに揺られること一時間…降りると雪景色が広がっていました。
早速、登山靴にアイゼンを装着して出発!



OLYMPUS DIGITAL CAMERA 吊り橋を渡って登山開始。



OLYMPUS DIGITAL CAMERA 前日に雪が降ったそうで、ふわふわのパウダースノーが積もっていました。

天気も良く絶好の登山日和です!



OLYMPUS DIGITAL CAMERA 登山道にも雪が積もっていました。一歩一歩、踏みしめながら進んでいきます。


OLYMPUS DIGITAL CAMERA 少し登ると水場があります。「観音の水」



OLYMPUS DIGITAL CAMERA そして観音峰の登山コースにところどころある「天川南朝物語」の石碑があり、観音峰と深く関わりのある南朝の歴史が書いてあります。

雪が積もっており、今回全部見ることはできませんでしたが、読みながら南朝の歴史ロマンを感じつつ歩くのも楽しみの一つ。

観音峰の歴史

天川村は南北朝時代に、後醍醐天皇、護良親王、後村上天皇、長慶天皇、後亀山天皇などを擁護し続けた土地。

後醍醐天皇は、鎌倉幕府を倒して建武の新政を実施したものの、共に戦った足利尊氏がこれに反発し離反したため、吉野へ逃れて南朝政権(吉野朝廷)を樹立。
朝廷が、南朝と北朝に分離した南北朝時代の始まりです。

この朝廷の対立は57年続きますが、後醍醐天皇の子・後村上天皇が吉野から天川に落ちのびた時や、護良親王が、吉野の合戦で破れた後にこの観音峰に身を隠したと伝えられています。


南北朝時代、むかし学校で習ったなぁ、という記憶しかなかったのですが…この吉野・天川村は大きく歴史が動いた場所なんだと改めて気付かされます。




OLYMPUS DIGITAL CAMERA 天川村は修験道の拠点でもあったそうです。


OLYMPUS DIGITAL CAMERA 大きなつららを発見!



OLYMPUS DIGITAL CAMERA 第一展望台からの眺め。山脈がちらりと!パノラマ展望への期待が高まります…。



OLYMPUS DIGITAL CAMERA またしばらく歩くと立派な休憩所が。ここにはかつて護良親王の神社があったそうです。

この先の分岐を進むと、戦乱の際に天皇らが身を隠していたと言われる岩屋が残っており、後村上天皇の守り本尊といわれる十一面観音が祀られているのですが、今回は見に行けず…。



OLYMPUS DIGITAL CAMERA だんだんと、登りが急になってきました。

山岳パノラマが臨める観音平まで、あと少し。

来週に続きます!!




WRITER

奈都


編集スタッフ



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奈良のイメージ。「鹿、大仏、修学旅行??」
ちょっと待って〜!奈良って、たしかに京都に比べたらとっても素朴かも。 だけど、まだまだみんなの知らない素敵なトコロがたくさんあります。 歴史、自然、食べ物、人。 「もっと多くの人に奈良を知ってほしい!」とアメヒヨスタッフが立ち上がり、 奈良の魅力をお届けするのがこのコンテンツ。
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